今日、父が倒れた。生死の境を彷徨っているとか、もう目を覚まさないかもしれないとか、そんなんじゃないらしい。ただ、日々のストレスなどが原因で、少し体が弱くなっただけらしい。でも、私を不安にさせるためには、父が倒れた、という事実だけで十分だった。



「秋山さん。」

「…ん?」

「あの……、」

「……どうした?」

「―――……いえ、何でも無い、です…。」



秋山さんは不思議そうにこちらを見つめた。でも、それからまた手元の本に視線を移した。
いけない、全部喋ってしまう所だった。ここで父の事を喋ったら、止まらなくなってしまうだろう。そうしたら、また秋山さんに迷惑をかけてしまう。これ以上秋山さんの重荷になるのだけは嫌だった。



「…では…、そろそろ私、帰りますね。」

「もう帰るのか?まだ夕方だけど。」

「はい…今日は用事、が…あっ、て……、」

「…何があった?」

「…え?」

「君、今日一日ずっと様子がおかしかっただろ。」

「……、」

「…俺に迷惑をかけないようにって思って何も喋らないんだろうけど、それは逆だ。」

「…どういう、事ですか?」



顔を上げると、秋山さんはいつも以上に真面目な顔をして言った。



「そうやって全部我慢して何も話さないと心配するだろ?」

「え…、」

「迷惑なんていっぱいかければ良い。心配するよりはマシだ。」

「秋山さん…、」



それでも私は、何も言えなかった。その場にしゃがみ込んで、泣かないようにひたすら我慢する事でいっぱいいっぱいだった。上から秋山さんのため息が聞こえる。呆れられちゃったかな…。そう考えると、さらに目頭が熱くなるのを感じた。



「…来い、」

「え…っ?」

「良いから。…どうせ用事なんて何も無いんだろ?」

「どうしてっ…?」

「君は嘘が下手すぎるんだよ。」



そう言うと、秋山さんは私の手を引っ張って、押し込むように車の中に座らせた。私が助手席に、秋山さんが運転席に。今更だけど、車の狭さと2人っきりというシチュエーションに少し照れる。



「何処に行くんですか?」

「…そのうちわかる。」



そう言って、秋山さんは無言で車を走らせた。その間にも、私は父の事で頭がいっぱいだった。(…秋山さんと一緒に居るのに、)
今、父は苦しんでいるのだろうか、楽になって喜んでいるのだろうか。…私に、何ができるんだろうか。



「…って、聞いてるのか?」

「えっ、あ…すいませんっ!」

「だから…着いたぞ。」

「え…っ、」



は、と我に返り周りを見ると、もう外は暗かった。…そんな長い間、私はお父さんの事を考えてたんだ…。(ファザコンって言われそうだな…。)



「…降りれば?」

「え、あっ…わぁっ…!」



秋山さんにそう言われ車を降りると、そこは海だった。夜の海は凄く綺麗で、夜空に浮かぶ満月を海面に映し出していた。



「すごい…綺麗…。」

「前、来たいって言ってただろ、海。」

「…あ、」



そういえば、数日前に私は、「夏なのに全然海行けなかったんですよ。行きたいのに一緒に行く人も居なくって。」なんて呟くように言っていた。秋山さんの返答は、ふぅん。なんて凄くそっけない物だったのに、私の話をこんなにしっかり聞いてくれていたなんて。



「秋山、さんっ…、ありがとう、ございます…っ、」

「…何があったか知らないけど、君は笑っていたほうが良い。」

「……っ、」

「って言ってるそばからまた泣く…。」



秋山さんはそっと私の肩を引き寄せて、頭を撫でてくれた。すごく優しく撫でられているわけでもないけれど、何故だかすごく嬉しくて、落ち着いた。それで気が緩んだのか、私は泣きながら秋山さんに全てを話してしまった。



「父が…っ、今日、倒れたんですっ…!」

「え…?」

「危ない訳ではないんです、けど…っ、倒れる少し前に見た父の笑った顔が凄く辛そうで…、」

「……。」

「頭から、離れないんです……っ、」



それから、凄く後悔した。私と秋山さんの繋がりなんて、ライアーゲームしかない。ライアーゲームで助けてもらう。ただ、それだけの関係なんだ。それなのに、こんな…全部話して、こんなに泣いて。私は、本当に馬鹿だ。
でも秋山さんは、全部黙って聞いてくれた。聞き終わると、ぎゅ、と私を抱きしめる腕に力を込めた。それから少したって、私が落ち着いたのを確認すると、私を放して、私の目を見て話し始めた。



「…君が泣いてたら、もっと悲しむ。…笑ってろ。」

「っ、秋山さん、でも、私…っ、何も出来なくて…っ、」

「君が笑って傍に居るだけで、周りは優しい気持ちになれる。君はそんな魅力を持ってる。」

「…ありがとうございます………っ、う…ぁっ、」



そこで、私は急な吐き気に襲われた。目の前が真っ暗になり、頭がふらふらする。体もいう事を聞かなくなった。
秋山さんが私の名前を叫んだ。でも、その声に大丈夫、と言い返す気力すら私には残っていなかった。



「おい…っ!」

「あ、き…やま、さ…っ」

「顔色悪い…。」

「大丈夫、です…ただの貧血ですから…、」



秋山さんは倒れそうになる私の体を何とか支え、そのまま私を車の中に座らせた。



「少し、休んだ方が良い。」

「ありがとう、ございます…、」



あぁ、また迷惑をかけてしまった。私がちょうどそう思ったとき、



「…迷惑だなんて思ってない。」



秋山さんが、そう言って微笑んでくれた。



「あの…、」

「?」

「……いえ、」

「何?」

「また…今度言います、」



言えなかった。秋山さんが好きなんて。そんな事を言ったら、この関係さえも崩れて、私達はもう会えなくなってしまうかもしれない。それは耐えられなくて、怖くて…私はまた、逃げてしまった。






どうして私はこんなにも弱いんだろう。
                              この淡い気持ちさえ、貴方に伝える事が出来ないなんて、