今日は、五月蝿い電子音で目が覚めた。どうやら携帯電話が忙しなく鳴っているらしい。



「…はい。」

『あ、…秋山、さん…?』



聞こえてきたのは、あいつの心配そうな声だった。(…俺、何も心配かけるようなことしてないよな?)



『だ、大丈夫なんですか…?』

「は?…何が?」

『え、あの……もう、手術は終わったんですか?』

「……手術…?」



意外な言葉に少し驚く。手術って…手術だよな、病院の。(主述じゃないよな?)どうしてそんな事を聞くのだろう。



『…く、車に衝突して、…い、意識不明の重体だ、って…。』

「車?なんだそれ。」

『え、だって…、さっき病院から電話があって…秋山さんが事故にあって、…って……。』



…また騙されたな、こいつ。きっと何かの詐欺だろう。俺は今、家で寝ていたわけだし。(すごい元気だし。)きっと、俺が事故に遭って、病院に運ばれて、治療費やら何やら払え、って電話がきたんだろう。で、あいつはそれを信じきって……もしかして、



「…もしかして君、何かお金払った?」

『は、はい…治療費と、あと何か…相手に対する慰謝料と、あとはー…』

「……はぁ…、で、いくら払ったの。」

『10万円です。』



思わず携帯電話を落としそうになった。10万円って…、相手もよくそんな金で満足したな。というか、あいつは10万という金額を聞いてなんとも不思議に思わなかったのか?



「君さ…、治療費やらなんやらが10万で全部払えると思う?意識不明の重体なんだろ、俺?」

『…え、も、もしかして……騙され、た…?』

「騙されたな、絶対。」



俺がそういうと、電話の向こうからは『え…嘘、そんな…』という絶望的な声が聞こえてきた。(10万なんて、ライアーゲームで負けるのに比べればものすごい楽なのに。)それから何も聞こえなくなって、あ、少し言い過ぎたかな、と思い始めた。あいつは、ものすごーく正直な人間だ。それをわかっていながら、どうして優しい言葉の一つや二つを言ってやれなかったんだろう。



「…悪い、」

『どうして秋山さんが謝るんですか?…悪いのは…私、が…、』

「……、」

『…あの、秋山さん…、』

「ん?どうした?」

『今から…、その、会いに行っちゃ駄目ですか…?』



いきなり言われたその言葉に、俺はただ「別に良いけど…」と言うしかなかった。










        *  *  *



チャイムが鳴り、扉を開けると案の定、しょぼんとしたあいつが立っていた。とりあえず入れよ、とだけ端的に言い、あいつを部屋に入れた。



「……秋山さん…、」

「ん?」

「…すごい、怖かったです……、」



あいつはそう、吐き出すように言いながら、俺に抱きついてきた。(…こいつは俺が男だ、って事わかってこんな事してんのか?)



「…もう大丈夫だから…、な?10万くらい、俺が返してやるから。」

「…っ、そうじゃないですっ…、」

「?」

「秋山さんが…っ、秋山さんが、死んじゃうんじゃ、ない…か、って…」

「…俺、が?」

「すごい、怖かったんです…。このまま、秋山さんが、…し、死んじゃ、…死んじゃったらっ、て…」

「……、」

「すごく…怖かった、です…っ」



そう言って、あいつはぎゅ、っと俺の服を握った。暫くはどうすればいいかわからず、そのままボロボロと泣き始めたあいつを見つめていた。…でも、なんだか見ていられなくなって、そ、っとあいつの小さな体を抱きしめた。



「…俺は、ここに居るから…、」

「…っ、あ、きやま…さん、」

「これからも、君の傍にいるから、だから…もう泣くなよ。」

「…ありが、とう…ありがとう、ござい、ます…っ、」



お礼を言ったものの、あいつは泣いたままだった。……よっぽど、怖かったんだろう。俺だって、もし『神崎直が車に引かれて、意識不明の重体になった』、なんて言われたら…。



「うっ…ご、ごめんなさい……、なんか、止まらなくなっちゃって…っ、」

「…いいから。大丈夫だから、…今日は、思い切り泣いても、良いから…。」



…違う、俺が言いたいのは、こんなんじゃない。俺は…俺は、こいつに笑顔で居て欲しいんだ。思い切り泣いてもいい、じゃなくて…どうにかしてこいつを安心させる方法を、考えなくちゃいけない。…神崎直は、俺にとって……大切な人、だから。






頭の回転なら、誰にも負けないくらい速いはずなのに、  
                              それなのに、どうしてこいつに気の利いた一言も言ってやれないんだろう。