「……?」



俺が家に帰ると、玄関には女物の靴が一足あった。
それが俺の幼馴染、の物だとはわかった。
でも、は滅多に俺の家に上がらない。
不思議に思いながら、彼女の名前を呼んだ。



「…?」

「さっ…さきっ…ちょ、無理、まじ無理…!」

「は?」



何を言ってるのかわからない。
ただ、慌てて飛び跳ねるようにこっちに向かってくる。



「…何してんの?」

「む、無理、来ないでって!」

「え、」



それは流石の俺でも傷つくんですけど。
なんて言う暇も無く、は言葉を続けた。



「ほんっとに、馬鹿!二度と現れないでよもーっ…!」

「え、あの、?何言ってんのさっきから。」

「あ、咲人、駄目だよ、こういう時は落ち着いて!」



いやいやいや、お前が落ち着けよ。
つっこみたくなる気持ちを抑えながら、できるだけ優しく訊く。



「何が、あったの?」

「うんっ、あの、あのねっ、」

「うん?」

「えっと…ぅ、ぐわっ!?」



いきなり大声を上げながら俺に抱きついてきた。
……本当に何なの、君。



「だめって、ちょ、この家にゴキ●リが居るのっ…!」

「はっ!?」

「さっきあたしの家に現れて…っ、追い出そうとしたらっ、」

「う、うん、」

「咲人の家のベランダから中に入ってっ……、わっ!」

「え、えっ!?」



驚いたように大声を上げる
何、この辺に今居るの?
俺見えてないから余計に怖いんですけど…。



「わ、だめだめっ、近い!」

「え、何っ、どこっ…!?」

「やーだーっ、ちょ、咲人そこっ、そこ!」

「えっ?」



そこそこ、と言いながら指を指す訳でもなくそーっと俺から離れていく
…ちょ、怖いって!
虫一匹でこんなに慌てるのは初めてだ。



、今どこっ?」

「そこっ、うあぁあ、ちょ、危ない…!」

「えっ…こっち?」

「あああだめ!襲われちゃう!」



少し右にずれてみる。
はさらに必死になって違う違う、と言ってきた。
俺は急いで左へと移動する。



「……ぁ、あれ…、消えた…?」

「……。」

「良かったーー……。あ、咲人大丈夫だった?」

「え、あぁ、」



なんて軽く答えてみたけど、大丈夫ではない。
今ので、今日一日の体力を使い果たした気さえした。(だってがあんなに慌てるから、)



「ご、ごめんねっ…!」

「ん?何が?」

「ゴキブ●さんを咲人の家に誘導しちゃって…そんな気は無かったんだけど、ホントに。」

「誘導、って…。」



笑いながら、の頭にぽん、と手を乗せる。
は吃驚した様子で俺の顔を見上げた。



「…さきと?」

「もういないから大丈夫。こそ大丈夫だった?」

「え、あ…うん。」



顔を赤くさせながら、は俯く。
そして、思い出したように「あ、」と声を上げた。



「そろそろ帰らなきゃっ…!今日、あたしお夕飯作るんだった…!!」

「そうなの?のご飯は本当美味しいよね。」

「いやいや…。あ、咲人今日食べにくる?今のお詫びに!」

「んー…折角だけど今日は良いや。また今度。」

「うん!また今度、ね!」



そう、にっこり笑顔を見せて、は帰っていった。
その後姿を見送ってから、ため息をついてベッドに倒れこんだ。



「また今度、か…。」



そう、ボソリと呟く。
どうしてだか、彼女の手料理を食べる日が、楽しみになっていた。